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名古屋地方裁判所 平成4年(ワ)1929号 判決

名古屋市中区平和一丁目五番五号

原告

株式会社小林搬送機器

右代表者代表取締役

小林武千代

右訴訟代理人弁護士

大脇保彦

同右

鷲見弘

同右

相羽洋一

同右

谷口優

同右

原田方子

同右

原田彰好

同右

杉山修治

同右

神谷明文

右輔佐人弁理士

伊藤毅

伊丹市鴻池字街道下九番一

被告

相生精機株式会社

右代表者代表取締役

北浦一郎

右訴訟代理人弁護士

鳩谷邦丸

同右

別城信太郎

右輔佐人弁理士

岡村俊雄

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

1  被告は、別紙物件目録記載の交換用金型移動装置を製造し、販売し、販売のため展示してはならない。

2  被告は、その工場にある前項の物件及びその半製品を廃棄せよ。

3  被告は原告に対し、金四三五万円及びこれに対する平成四年六月二五日から支払済に至るまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告及び被告は、いずれも金型交換装置等の産業機械の製造販売を主たる目的とする株式会社である。

2(一)  原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。

発明の名称 交換用金型移動装置

出願日 昭和五二年九月六日

出願公告日 昭和六二年六月二四日

登録日 昭和六三年二月二五日

登録番号 第一四二六二八四号

(二)  本件発明の特許請求の範囲は、次のとおりである。

プレス機1の前面を横切るように敷設された平行なレール2上にプレーム上面が縦横比約2:1の立方形箱型なる搬送台車3を走行動可能に設け、該搬送台車3の上面にそのスペースを二分する仕切壁10を突設し両側縁には縁壁11、11を突設して該搬送台車3上に二体の金型乗載部12a、12bを形成し、各乗載部12a、12bに二本宛ローラコンベヤ13を夫々側縁寄りに配設し該ローラコンベヤ13上に乗載される金型14a、14bが台車幅方向に移動自在なるようにすると共に、該搬送台車3のプレス機1と反対側の辺に駆動モータ21に連繋されたスプロケット17を各金型乗載部12a、12bにつき夫々独立駆動されるように支承し、上面中央に長手方向に沿う一定幅の溝状開口23を形成した断面〈省略〉形の案内レール22を前記ローラコンベヤ13の間に平行でかつ前記スプロケット17の接線方向に延びるように敷設し、前記溝状開口23よりも幅広なる三列のチエン24の両側列にコロローラ25を設け、該チエン24を前記スプロケット17に巻掛すると共に該チエン24を案内レール22中に摺動自在に進入させ該チエン24の先端には摺動体26を連結し、該摺動体26の一部を前記溝状開口23から突出させ、その突出部分に金型14a、14bの係合部と係脱自在なフック29を設けてなることを特徴とした交換用金型移動装置

(三)  本件発明の構成要件は、次のとおりに分説される。

A プレス機1の前面を横切るように敷設された平行なレール2上にフレーム上面が縦横比約2:1の立方形箱型なる搬送台車3を走行動可能に設け、

B 該搬送台車3の上面にそのスペースを二分する仕切壁10を突設し両側縁には縁壁11・11を突設して該搬送台車3上に二体の金型乗載部12a・12bを形成し、

C 各乗載部12a・12bに二本宛ローラコンベヤ13を夫々側縁寄りに配設し該ローラコンベヤ13上に乗載される金型14a・14bが台車幅方向に移動自在なるようにすると共に、

D 該搬送台車3のプレス機1と反対側の辺に駆動モータ21に連繋されたスプロケット17を各金型乗載部12a・12bにつき夫々独立駆動されるように支承し、

E 上面中央に長手方向に沿う一定幅の溝状開口23を形成した断面〈省略〉形の案内レール22を前記ローラコンベヤ13の間に平行でかつ前記スプロケット17の接線方向に延びるように敷設し、

F 前記溝状開口23よりも幅広なる三列のチェン24の両側列にコロローラ25を設け、

G 該チェン24を前記スプロケット17に巻掛すると共に該チェン24を案内レール22中に摺動自在に進入させ

H 該チェン24の先端には摺動体26を連結し、

I 該摺動体26の一部を前記溝状開口23から突出させ、

J その突出部分に金型14a・14bの係合部と係脱自在なフック29を設けてなる

K 交換用金型移動装置

(四)  本件発明の作用効果

(1) 新しく設定しようとする金型を一方の金型乗載部上に乗せ、該搬送台車を他方の金型乗載部がプレス機前に位置するように停止させ、先ず該プレス機に設定されている撤去しようとする金型にフックを係合させてチェンを牽引することで該金型を該金型乗載部上に移動させ、その後続いて搬送台車を少し移動させることによって新たな金型をプレス機前に位置させ、該金型を該金型乗載部のチェンを作動させプレス機に押送することで人手を要することなく簡便に短時間で金型交換を行うことができる。

(2) 両側列にコロローラを設けた三列チェンを案内レール中に進入させてなるので重量物である金型を安定的に押し引きできると共に、従来の空圧シリンダを用いたものとも異なり必要移動距離が長くても嵩ばることなく小型に搬送台車が構成できるなどの利点がある。

3  被告の行為

(一) 被告は、昭和六二年七月から、別紙物件目録添付の図面記載の構造(ただし、構造の説明中、同目録添付図面の24a・24a及び24b・24bのチェンを三列のチェンとした点については争いがある。)の交換用金型移動装置を製造販売している(以下、右装置を「イ号物件」という。)。

(二) イ号物件の構造のうち、本件発明の構成要件AないしD、GないしKに対応する部分は、以下のaないしd、gないしkのとおりである。

a プレス機1の前面を横切るように敷設された平行なレール2a・2b上にフレーム上面が縦横比約4:1の立方形箱型なる搬送台車3を走行動可能に設けている。

b 搬送台車3の上面中央にスペースを二分するように円柱状の仕切ピン10を三本宛二列に突設し、両端縁寄りにもエッジピン11を三本宛各一列に突設して、該搬送台車3上に該二列の仕切ピン10を境界とする二体の金型乗載部12a・12bを形成している。

c 各金型乗載部12a・12bに四本宛ローラコンベヤ13・13…をそれぞれ側縁寄り及び中間に適宜間隔を置いて配列し、該ローラコンベヤ13・13…上に乗載される金型14a・14bが台車幅方向に移動自在となるようにしている。

d 搬送台車3のプレス機1と反対側の辺に、無端ベルト40、回転軸41、クラッチ42a・42b、減速機43a・43b、ピニオン歯車44a・44b、歯車46a・46b、伝動軸45a・45bを介して駆動モータ21と連繋されたそれぞれ一対のスプロケット17a・17a及び17b・17bを軸受16によって支承された伝動軸45a・45bにそれぞれ固着し、該クラッチ42a・42bを断続作動させることにより該スプロケット17a・17aと同17b・17bとが金型乗載部12a・12bにつきそれぞれ独立して駆動するように支承されている。

g 該チェン24a・24a及び24b・24bをスプロケット17a・17a及び17b・17bにそれぞれ巻掛すると共に該各チェンをそれぞれ案内レール22a・22a及び22b・22b内に摺動自在に進入させている。

h 該各チェンの先端にはそれぞれ摺動体26を連結している。

i 該摺動体26の一部を溝状開口23から上方に突出させている。

j 摺動体26の突出部分27には金型14a・14bの係合部14a'・14b'と係脱自在な環状金具29が設けられている。

k 交換用金型移動装置

(三) 本件発明の構成要件とイ号物件の構造との対比

本件発明の構成要件D、GないしI及びKとイ号物件の構造d、gないしi及びkは同一である。

二  争点についての当事者の主張

1  イ号物件は、本件発明の技術的範囲に属するか。

(一) 構成要件A該当性について

(1) 原告

本件発明の構成要件Aとイ号物件の構造aとは、搬送台車のフレーム上面の縦横比について、前者が約二対一、後者が約四対一であるほかは同一である。右相違点についても、後者の縦長の形状はこれが使用されるプレス機に用いられる金型が縦長形状であることに由来し、この縦長の金型を二体載置し得るようにイ号物件のフレーム上面の縦横比が約四対一に設計されたに過ぎないものであって、このような構成上の相違からは実質的な作用効果の相違が生じるものではない。よって、イ号物件の構造aは本件発明の構成要件Aを充足する。

(2) 被告

イ号物件の構造aは、搬送台車の上面フレームの縦横比が約四対一である点において、本件発明の構成要件Aを充足しない。

原告は、本件発明の構成要件Aとイ号物件の構造aにおいて、実質的な作用効果の相違は生じないと主張する。しかし、本件発明においては、正方形に近い金型を一つのプッシャーで搬送することが考えられていたに過ぎないのに対して、イ号物件では、縦長形状の金型を搬送することが予定されていることから、後者においては、搬送中の金型の左右へのぶれが少ない上、後記(二)(2)に述べるような作用効果の違いも生じる。

(二) 構成要件B該当性について

(1) 原告

本件発明の構成要件Bとイ号物件の構造bとは、前者の仕切壁10及び縁壁11・11に対応するものが、後者では、それぞれ三本宛二列の円柱状仕切ピン10、各三本のエッジピン11であるという点が相違するほかは同一である。右相違点についても、後者において仕切ピン10及びエッジピン11をそれぞれ複数本列設することにより本件発明の仕切壁10及び縁壁11・11と同様にそれらが金型の移動、脱落を防ぐ作用を奏するものであって、本件発明の構成要件Bと実質上の相違をもたらすものではない。よって、イ号物件の構造bは本件発明の構成要件Bを充足する。

(2) 被告

イ号物件の構造bは、仕切壁及び縁壁がない点において、本件発明の構成要件Bを充足しない。

原告は、本件発明の構成要件Bとイ号物件の構造bにおいて、実質的な作用効果の相違が生じないと主張する。しかし、(一)(2)のとおり、イ号物件では、縦長形状の金型を搬送することが予定され二つのプッシャーで押す構造になっているから、仕切壁についても壁状ではなくピン状で足り、そのため、金型の大きさにあわせてピンの脱着を可能とすることができる利点がある。

(三) 構成要件C該当性について

(1) 原告

本件発明の構成要件Cとイ号物件の構造cとは、搬送台車の各金型乗載部のローラコンベヤ13の本数が、前者は二本、後者は四本であるという点を除いては同一である。右相違点についても、イ号物件がローラコンベヤを各金型乗載部につき二本宛増やして四本配設しているのは、イ号物件の金型が縦長であるのでその支持を容易ならしめるためにその金型形状に応じてとられた措置に過ぎないのであって、これにより実質的な相違をもたらすものではない。よって、イ号物件の構造cは本件発明の構成要件Cを充足する。

(2) 被告

イ号物件の構造cは、ローラコンベヤ13の本数が各金型乗載部につき四本ある点において、本件発明の構成要件Cを充足しない。

また、イ号物件では、縦長形状の金型を搬送することが予定され二つのプッシャーで押す構造のため、ローラコンベヤが四本設けられているのであり、本件発明の構成要件Cとイ号物件の構造cとは、その作用効果を異にする。

(四) 構成要件E該当性について

(1) 原告

本件発明の構成要件Eにおける「上面中央」とは、案内レールの上面中央を意味するものである。

そして、本件発明の構成要件Eに対応する部分につき、イ号物件は、「金型乗載部12a・12bの上面中央部には、中間上部に長手方向に一定幅の溝状開口23を形成した断面〈省略〉形のそれぞれ二列の案内レール22a・22a及び22b・22bを、それぞれ側縁寄りとそのすぐ内側のローラコンベヤ13・13…のそれぞれの間にこれらと平行でかつ前記スプロケット17a・17a及び17b・17bの接線方向に延びるように敷設している。」という構造を有しており(以下「イ号物件の構造e」という。)、イ号物件の構造eは、本件発明の構成要件Eを充足する。

(2) 被告

本件発明の構成要件Eにおける「上面中央」とは、金型乗載部の上面中央を意味すると理解すべきところ、イ号物件においては、案内レール22a・22a及び22b・22bは右上面中央部には設けられていないのであるから、本件発明の構成要件Eを充足しない。

(五) 構成要件F該当性について

(1) 原告

本件発明の構成要件Fにおける「三列のチェン」とは、単にローラの列数が三であることを表しているに過ぎず、チェンの両側端にローラプレートないしリンクプレートがなければならないものではなく、チェンが中央のローラと両側端のコロローラの三列で構成されていれば足りるものである。

そして、イ号物件のチェンは、中央列にローラがあり、両側の列にコロローラが設けられているのであって、列数が三である。したがって、イ号物件は、本件発明の構成要件Fに対応する構造として、「該溝状開口23より幅広なる三列の各チェン24a・24a及び24b・24bの両側列にはコロローラ25を設けている。」という構造(以下「イ号物件の構造f」という。)を有しており、右イ号物件の構造fは本件発明の構成要件Fを充足する。

(2) 被告

本件発明の構成要件Fにおける「三列のチェン」とは、ローラリンクの両端にローラリンクプレートを伴って構成された単列がピンリンクで三列結合されたものをいうところ、イ号物件においては、一列チェンの両側にコロローラがつけられたものを使用しているに過ぎず、三列チェンを使用していない。したがって、イ号物件は、本件発明の構成要件Fを充足しない。

(六) 構成要件J該当性について

(1) 原告

本件発明の構成要件Jにいう「フック」とは、他の物と自在に係合ができ、これによってそのものを引き寄せあるいは引っ掛けて保持するためのもので、典型的には「?」の上部のような形状の左方の開口部または中央部の空間に他の物の係合部を引っ掛けることにより機能するものを意味する。ところで、イ号物件の環状金具29bは、リング形状であるが、リング形状であっても、中央部の空間に対象物の係合部を掛けることにより同一の機能を果たすものであるから、本件発明の構成要件Jにいう「フック」に該当するというべきである。

なお、右「フック」は、構成要件上、チェンに連結された摺動体の突出部分に設けられた金型の係合部分と係脱自在なものであれば足り、前記係合されたフックのみで金型を押送するとの限定もないのであるから、イ号物件の環状金具29bが金型を引っ張る機能のみが備っているとしても、「フック」に該当することに変りはない。

したがって、イ号物件の構造jは、本件発明の構成要件Jを充足する。

(2) 被告

本件発明の構成要件Jにいう「フック」とは、「物を引っ掛けたり、引っ張ったり、止めたりするための鉤」を意味し、少なくとも鉤状のものでなければならない。ところが、イ号物件の構造jにおける環状金具29bは、リング形状であって鉤状ではない。

また、本件発明の構成要件Jにいう「フック」は、金型を引っ張る機能及び押し出す機能の双方を有するものであるところ、イ号物件の環状金具29bにおいては、金型を引っ張る機能のみが備っており、押し出す機能は、別の部材によって構成されているのであるから、その点においても相違する。

したがって、イ号物件の構造jは、本件発明の構成要件Jを充足しない。

2  原告の損害はいくらか。

(一) 原告

被告は、イ号物件を昭和六二年七月から平成四年六月時点まで、年間少なくとも三台、代金一台当たり五八〇万円以上で販売した。被告は、右行為により本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の支払を免れたが、右実施料相当額は、イ号物件の販売価格の五パーセントを下らない。

したがって、原告の損害額は、平成四年六月までの六年間合計一五台のイ号物件の売上高合計金八七〇〇万円の五パーセントの四三五万円である。

(二) 被告

争う。

第三  争点に対する判断

一  イ号物件は、本件発明の技術的範囲に属するか。

まず、イ号物件の構造f及び構成要件F該当性について検討する。

1  本件発明の構成要件Fの「三列のチェン」の解釈について

(一) 証拠(甲一及び乙一八)及び弁論の全趣旨によれば、〈1〉 本件発明におけるチェンは「移動装置」としての伝動用ローラチェンを意味しているものであること、〈2〉 JIS日本工業規格において、ローラチェンは、「ピンリンク及びローラリンクを交互に組み合わせたもの」と規定され、また、多列のローラチェンは、「二列以上のローラリンクをピンリンクで結合し、各列のローラリンク相互の間に中間リンクプレートを入れて構成したもの」と規定されていることが認められる。

(二) 次に、本件発明の出願公告公報(甲一。以下「本件公報」という。)記載の第4図によれば、構成要件Fの「三列のチェン」は、三列のローラリンク、ピンリンク及び中間リンクプレートを有するものとして示されていることが認められる。

(三) さらに、本件発明の出願の経過についてみるに、証拠(甲一、乙四、八、一〇ないし一二、一八)及び弁論の全趣旨によれば、〈1〉 本件発明の特許請求の範囲につき、昭和五八年七月二二日付け手続補正書においては、チェンに関し「…前記溝状開口よりも幅広のチェンを前記スプロケットに巻掛すると共に…」とだけ記載されていたこと、〈2〉 本件特許権の出願は、昭和六一年五月七日付け拒絶理由通知書において、「断面〈省略〉形の案内レールに溝状開口に幅広のチェンをホイルにて駆動されるように巻掛し、チェン先端のフックで物品の押送・引戻を行うことは、引例(1)(実公昭四四-一六四二三号公報)、同(2)(実公昭四四-二二六八五号公報)に示すように公知である。本願発明は、引例(3)(実公昭五二-九〇九二号公報)にするプレス用の交換移動装置に引例(1)(2)に示す手段を用いたに過ぎない。」との理由により拒絶査定がされたこと、〈3〉 右(1)及び(2)の引例の公報添付図面第四図には、一列のチェンの両側にコロローラがついた構成のチェン(イ号物件のチェンと同様の構成のもの)が記載されていること、〈4〉 出願人は、〈2〉の拒絶査定を受けて、昭和六一年七月二五日付け手続補正書により、特許請求の範囲のうち、〈1〉に相応する部分を「…前記溝状開口23よりも幅広なる三列のチェン24の両側列にコロローラ25を設け、該チェン24を前記スプロケット17に巻掛すると共に…」と補正したこと、〈5〉 〈4〉と共に、発明の詳細な説明についても、右補正書により、「両側列にコロローラを設けた三列チェンを案内レール中に進入させてなるので重量物である金型を安定的に押し引きできる」旨の作用効果についての記載を加えたこと、〈6〉 出願人は、右補正書と同日付けの意見書において、〈2〉の拒絶理由に対し「Fの構成要件についても本願発明は三列のチェン24の両側列にコロローラ25を設けたものであるのに対し引例(1)(2)はそのような構成を示唆するものではありません。」との意見を述べていること、以上の事実が認められる。

右によれば、本件発明出願過程における〈4〉の補正は、チェンにつき類似の公知技術(一列のチェンの両側にコロローラがついた構成のもの)が存在したため、本件発明の特許請求の範囲を「三列のチェン」と限定し右公知技術との差異を明確にして登録査定が受けられるようにするためにされたものであり、したがって、出願の経過においても一列のチェンの両側にコロローラを結合させた構成と三列のチェンは異なるものとして区別されていたことが認められる。

(四) (一)ないし(三)(日本工業規格の定め、本件公報の図面の記載及び出願の経過)によれば、本件発明における「三列のチェン」は、「三列のローラリンクをピンリンクで結合し、各列のローラリンク相互の間に中間リンクプレートを入れて構成したもの」を意味するものと解すべきである。

2  イ号物件のチェンの形状(イ号物件の構造f)について

イ号物件のチェンの形状についてみるに、別紙物件目録添付の第8図によれば、イ号物件のチェンは、ローラリンクをピンリンクで結合した一列チェンの両側に、内側をローラリンクプレートにより繋げられて一対とされた二個のコロローラがピンリンクで結合された形状となっていることが認められる。

3  1及び2によれば、イ号物件のチェンは、一列チェンの両側にローラリンクプレート及びピンリンクによりコロローラが結合された、いわば単列チェンの変形ともいうべきものであって、三列チェンにおいて必要とされる中間リンクプレート並びにコロローラの外側のローラリンクプレート及びピンリンクに相当するものが欠けているから「三列のチェン」に該当せず、本件発明の構成要件Fを充足しない。

二  結論

以上の次第で、イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するものであると認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 後藤博 裁判官 入江猛)

(別紙)

物件目録

次の構造を有する交換用金型移動装置

一 図面の説明

第1図は斜視図

第2図は平面図

第3図は縦断面側面図

第4図は第2図のA-A線断面側面図

第5図は第2図のB-B線断面側面図

第6図は駆動機構の部分拡大側面図

第7図は室内レールの横断面図

第8図はチェンの斜視図

二 構造の説明

プレス機1の前面を横切るように敷設された平行なレール2a・2b上にフレーム上面が縦横比約四対一の立方形箱型の搬送台車3を走行動可能に設けている。該搬送台車3の一方の車輪4には脱線を防ぎ得るようにその外周に外レール2aが遊嵌する周溝が形成されており、モータ6の回転軸に設けられたスプロケット7と車輪4・5に設けられたスプロケット8に無端チェン9が巻掛され、該モータ6の動力が車輪4・5に伝達するように構成されている。

搬送台車3の上面中央にスペースを二分するように円柱状の仕切ピン10を三本宛二列に突設し、両端縁寄りにもエッジピン11を三本宛各一列に突設して、該搬送台車3上に該二列の仕切ピン10を境界とする二体の金型乗載部12a・12bを形成している。

各金型乗載部12a、12bに四本宛ローラコンベヤ13・13…をそれぞれ側縁寄り及び中間に適宜間隔を置いて配列し、該ローラコンベヤ13・13…上に乗載される金型14a・14bが台車幅方向に移動自在となるようにしている。

搬送台車3のプレス機1と反対側の辺に、無端ベルト40、回転軸41、クラッチ42a・42b、減速機43a・43b、ピニオン歯車44a・44b、歯車46a・46b、伝動軸45a・45bを介して駆動モータ21と連繋されたそれぞれ一対のスプロケット17a・17a及び17b・17bを軸受16によって支承された伝動軸45a・45bにそれぞれ固着し、該クラッチ42a・42bを断続作動させることにより該スプロケット17a・17aと17b・17bとが金型乗載部12a・12bにつきそれぞれ独立して駆動するように支承されている。すなわち、第3図ないし第6図に示されるように、駆動モータ21は金型14a・14bの移動の動力源となるもので、無端ベルト40によりその回転を回転軸41に伝達する。回転軸41は、両端にクラッチ42a・42bが設けられ、該クラッチ42a・42bを介して該回転軸41の回転が減速機43a・43bに伝達されるようにしている。減速機43a・43bの出力側にはピニオン歯車44a・44bが設けられている。そして、搬送台車3のプレス機1と反対側の辺にそれぞれ一対の軸受16によって金型乗載部12aの下部には伝動軸45aを、同12bの下部には伝動軸45bをそれぞれ回転自在なるように水平に支持し、該伝動軸45a・45bの一端にそれぞれ固着させた歯車46a・46bを前記ピニオン歯車44a・44bに噛合させている。そして一方の伝動軸45aに所定間隔を離して一対のスプロケット17a・17aを固着し、他方の伝動軸45bにも所定間隔を離して一対のスプロケット17b・17bを固着し、伝動軸45a・45bが回転することで、スプロケット17a・17aとスプロケット17b・17bとが金型乗載部12a・12bにつきそれぞれ独立して鉛直面内で回転動するようになっているのである。

金型乗載部12a・12bの上面中央部には、中間上部に長手方向に一定幅の溝状開口23を形成した断面〈省略〉形のそれぞれ二列の案内レール22a・22a及び22b・22bを、それぞれ側縁寄りとそのすぐ内側のローラコンベヤ13・13…のそれぞれの間にこれらと平行でかつ前記スプロケット17a・17a及び17b・17bの接線方向に延びるように敷設している。

そして、第8図に示したように該溝状開口23より幅広なる三列の各チェン24a・24a及び24b・24bの両側列にはコロローラ25を設け、該チェン24a・24a及び24b・24bをスプロケット17a・17a及び17b・17bにそれぞれ巻掛すると共に該各チェンをそれぞれ案内レール22a・22a及び案内レール22b・22b内に摺動自在に進入させ、該各チェンの先端にはそれぞれ摺動体26を連結している。該摺動体26の一部を溝状開口23から上方に突出させ、その突出部分27には金型14a・14bの係合部14a'・14b'と係脱自在な環状金具29bが設けられている。すなわち、突出部分27は二股状に形成されその間に横向にピン28を貫通して環状金具29bを枢着し、該環状金具29bは先端に環状の係合部29'が形成され該係合部29'が金型14a・14bの係合部14a'・14b'と自在に係脱し得るようになっている。なお、33はチェンボックスである。

また、搬送台車3のプレス機1と相対する側縁に支軸47により枢支されたデッキ板34a・34bが設けられ、このデッキ板34a・34bは、これにより固着されたレバー49にピストン軸端を連結したシリンダ48により支軸47を支点として起立動し得るようになっている。該デッキ板34a・34bの上面には前記ローラコンベヤ13・13…と直線状に連続し得るローラコンベヤ35・35…が敷設されているほか、前記案内レール22a・22a及び案内レール22b・22bと同形の案内レール36a・36a及び案内レール36b・36bがその案内レール22a・22a及び案内レール22b・22bと直線状に連なるように敷設されている。

なお、搬送台車3プレス機1側の上面には、金型14a・14bの脱落を防ぐストッパピン51を着脱自在に樹立させるためのリング状の差込孔50が、デッキ板34a・34bの先端には、環状金具29bの係合を外すためにピン58が、それぞれ設けられている。更に、搬送台車3のプレス機1側の下端には、同台車を定位置で停止させるためのストッパー53が設けられ、該ストッパー53はトグル機構55を介して敷設されたシリンダ54が作動するように下向に突出し、その下端がレール2aの内側に設けられたストッパーレール56の嵌合孔57に嵌合し得るようにしている。

三 作動の説明

プレス機1にセットされている金型14bを搬送台車3の金型14aと交換するに際して、まず図示したように搬送台車3の金型乗載部12bをプレス機1前に対向させてデッキ板34bを水平に延出させ、クラッチ42aを断、クラッチ42bを続として駆動モータ21の回転を減速機43bからピニオン歯車44b・歯車46bを介し伝動軸45bに伝達しスプロケット17b・17bを回転させ該スプロケット17b・17bに巻掛されたチェン24b・24bを案内レール22b・22b中に繰り出し該案内レール22b・22bの先端に連結された摺動体26を案内レール36b・36b中に押し出して環状金具29bを金型14bの係合部14b'に係合させる。そしてスプロケット17b・17bを反対向に回転させチェン24b・24bを牽引することにより金型14bをローラコンベヤ35・35…、ローラコンベヤ13・13…に支持させて搬送台車3の金型乗載部12b上に引き込む。そしてシリンダ48を作動させデッキ板34bを起立させる。

その後、搬送台車3をその金型乗載部12aがプレス機1前に対向するようにレール2a・2b上で移動させ、デッキ板34aを水平に延出させ、クラッチ42aを続、クラッチ42bを断として、駆動モータ21の回転を減速機43aからピニオン歯車44a・歯車46aを介し伝動軸45aに伝達しスプロケット17a・17aを回転させチェン24a・24aを繰り出させることにより摺動体26、環状金具下に設けられた棒状金具aを介して金型14aを押圧し該金型14aをローラコンベヤ13・13…上からローラコンベヤ35・35…上を経てプレス機1中に押送する。こうして金型14aがプレス機1にセットできたところでピン58を作動させて環状金具29bを係合部14a'より外した後、スプロケット17a・17aを反対向に回転させチェン24a・24aを牽引し、摺動体26・環状金具29bを搬送台車3上に戻すことにより、一連の金型交換作業を終える。

第1図

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第2図

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第3図

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第4図

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第5図

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第6図

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第7図

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第8図

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